日本語の中に、思いやりを表している「気を付ける」と「お世話になる」
のような表現がたくさんある。これらのすべてが相手のことを考え、気持ちを傷
つけないようにすることを意味している。
この日本の思いやりは、外国人の私も何回も経験したことがある。道端でう
ろうろすると、ときどき誰かが英語で、「お助けしましょうか?」と、尋ねてく
る。住所を探していると、その住所まで連れていってくれる人さえいるのだ。
一回、駅前の歩道で自転車のチェーンが外れたとき、なかなか自分一人で
直すことができなかったら、通りかかった若い男性に、「ちょっと手伝いましょ
うか」と、自転車の修理を一緒に手伝ってもらった。全く知らない人にそう言わ
れると、すごく嬉しい気持になった。
このような小さなことが、いかに大切であるかは、一人で全然違う国で生活
するとよく分かる。困ったときに、誰かが助けてくれると知っていると、ほっと
するのだ。
しかし、世界のどの大都会でも忙しい毎日に追われ、立ち止まって他人を
助ける人は少な過ぎると思う。「自分だけでも精一杯だから、他人の面倒を見る
なんてできない。」と言うのだが、そういっている間に自分も孤立してしまう。
近所の人にでも、ちょっと話しかけたら誰でも喜ぶし、互いにだんだん親し
くなってくる。こうやって、大都会でさえ住みやすくなるでしょう。
(この文章は、「朝日中学生ウィークリーに掲載されたものです。)
「ペトリのひとりごと」バックナンバー:
vol.1「四季か、六季か」
vol.2「ちょっと挨拶」
vol.3「いじめは一人の問題ではない」