私は1993年から1995年の2年間、フィンランド政府奨学金留学生としてヘル シンキ大学フィンランド学科で勉強させていただくことができました。帰国後親 愛なるフィンランド人に向けてフィンランド語で書かせていただいたちょっとし た留学体験記の記事より翻訳、抜粋します。まずは自己紹介も兼ねて。


  Moi!(=hallo!)親愛なるフィンランドの人々へ。
 皆さんお元気ですか。自己紹介も兼ねて、私のフィンランド語研究、フィン ランドでの生活、そしてフィンランドと日本の文化交流発展に貢献したいという 私の希望をお話ししたいと思います。
 私はマサツグといいます。フィンランド人の友人たちは私を「マサ」と呼ん でくれます。なぜなら、私の名前は彼らにとってはあまりにも長すぎるからです 。彼らが私にニックネームをくれたことを本当にうれしく思っています。日本の 古都、京都が私のホームタウンで、そこで私は生まれ育ちました。私は京都が大 好きです。京都には沢山の歴史的な建築物と、四季折々に移り変わる美しい自然 があるからです。


 フィンランドとフィンランド語に私が興味を覚えたのは私が高校生のときで した。それには、同じく若いころにフィンランドで勉強された経験をもつ世界史 の先生の影響がありました。また当時、その先生は生徒会の顧問で、私は副会長 として活動していましたので、毎日頻繁に先生と連絡を取り合っていました。
 高校を卒業後、大学で言語学とドイツ語を専攻しました。しかし、フィンラ ンド語への興味は募るばかりで独学で勉強していました。大学院へ進学し本気で フィンランド語を勉強することにしましたが、大学には本格的なクラスはなく、 ただ図書館にフィンランド語で書かれた言語学の資料があるだけでした。
 フィンランド語は英語やドイツ語よりも比較的勉強しやすい言語であるよう に思います。特に発音は日本人には容易です。しかし一方で当然難しい点もあり ます。フィンランド語の文法格のひとつ、分格の多様な用法です。修士論文のテ ーマには、フィンランド語の受動態の特異な用法(複数人称の能動態としての用 法)を取り上げました。とはいえ、その頃の私のフィンランド語能力はまだまだ 十分ではありませんでしたので、この作業には大変苦労したのを覚えています。
大学院修士課程の卒業と同時に、幸いにもフィンランド政府奨学金留学生に選 ばれ、ヘルシンキ大学フィンランド語学科で2年間勉強できることになりました 。
 ヘルシンキ大学フィンランド語学科は、やはりフィンランド語研究の本場と あって、その授業は素晴らしいものでした。また同学科のフィンランド人学生の 中から大切な友人も沢山得ることができました。因みに外国人留学生のフィンラ ンド語コースもあり、国際色豊かな留学生が勉強していましたが、彼らのうち、 母国語が英語の者がほとんどいなかったのは意外でした。ある外国人留学生がフ ィンランド人の友達を見つけるのは難しいと言っていたことがありましたが、本 人が少しでもフィンランド語を話そうとすれば、友達も見つけられるものです。   私にはフィンランド人と日本人の国民性にどこか似通ったところがあるよう に思われます。フィンランドでも日本でも、人々は同じようにシャイで、それで いて好奇心も旺盛だからです。


 大学以外でも、バーでフィンランド語を勉強しました。こんなことを言うと 少し語弊があるでしょうか。フィンランドのバー文化は日本よりもずっと自由で オープンです。スウェーデン人の友人、ヨーナスと週末にはよくバーに通いまし た。私たちフィンランド語専攻の学生にとって、いろいろなフィンランド人の話 し相手を見つけることは重要だということで意見が一致し、ビール片手にそれは うまくいきました。また事実、二人とも少しアルコールがはいった時の方が、す っと流暢にフィンランド語が話せるのです。
 多くのフィンランド人が日本や日本人に対してよい印象を持っているようで す。私が彼らの話をすべて理解していると思っているのでしょうか、バーで話を したフィンランド人たちの多くは私にとても早いスピードで話しかけてくるので す。

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 私はフィンランド語の普通の口語や、さらにはスラングも学びたいと思いま した。フィンランド語は話し言葉と書き言葉が信じられないぐらい違う言語で、 その点で「バーでの実践」は口語に耳が慣れるのに最高の方法でした。いつも友 人や知人にフィンランド語の口語やスラングの意味を尋ねていたように思います 。 しかし、どうしてフィンランド語にはこんなにたくさんの「酔っ払っている 様子」を表す表現があるのでしょうか。私にはそれが非常に興味深く思われます 。フィンランド語のこの種の様々な表現をすべて挙げてみて、なんらかの統計を 取ってみると、何か面白い結果が出てくるかも知れません。「フィンランド語は 酔っぱらいの言葉」などと言ったら、怒られるでしょうか。(笑)
 フィンランド滞在中、友人らと一緒によくコンサートや映画、そして劇場に も通いました。またフィンランド中を旅行しました。そして絶対外せないのがサ ウナです。本物のサウナは感動的でした。私が住んでいたアンティ・コルピン通 りのアパートでは週3回サウナに火が入れられ、その度に私は石鹸を片手に持ち 、バスタオルを肩に掛けて地下にあるサウナに通いました。きっと「皆勤賞」も のだと思います。
 フィンランド人の友人達は、「君がフィンランドに来るときは、いつでも私 たちのところへサウナに入りに来て!」と私を歓迎してくれています。とても嬉 しいです。


 フィンランド滞在が2年になった頃、奨学金の支給も最後になり、ヘルシン キ大学での勉強を終えて帰国しなければならなくなりました。もう少しで学部卒 業に必要な単位をすべて修得するまでになっていたので、まだ勉強を続けたいと は思いましたが、一方で私がこれまでフィンランドで得ることの出来た知識や能 力を使い始めるべきだと考えてもいました。今後、フィンランドと日本間の文化 、経済交流の分野でもっと直接的な仕事をしていければと希望しています。

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 フィンランドでは皆さんに親切にしていただきました。フィンランドでの経 験の数々は私のこれからの人生にとってどれもただ貴重なものです。フィンラン ドの長くて寒く暗い冬も、フィンランド人の友人達が不思議がるほど、私は大好 きです。何と言っても、私はこの留学でフィンランド語の、そしてフィンランド 文化の知識人となれる素晴らしい機会を与えていただけたのです。それに本当に 満足しています。
 また「人生」を学ばしてもらえたのも、私にはとても大切なことです。
 しかし、毎晩、ラジオ・フィンランドのフィンランド語短波放送番組を聴い ていると、私の頭の中はフィンランドに戻っていってしまいます。今度は、私が 皆さん、親愛なるフィンランドの人々のお役に立ちたいと熱烈に感じております 。 (晶)


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